「幽霊騎手」(横溝正史)

ジュヴナイル風テイスト、爽快な冒険活劇。

「幽霊騎手」(横溝正史)
(「憑かれた女」)角川文庫

帝都座で一番人気の演目は、
世間を賑わしていた
紳士強盗を模した探偵劇
「幽霊騎手」であった。
その主役を演じる風間辰之助が、
好意を寄せている
黒岩夫人からの電話に応じて
自宅に駆けつけると、そこには
焼けただれた死体があり…。

昭和8年作の短編小説である本作品、
金田一由利先生も登場しない
ノン・シリーズものなのですが、
戦前の横溝作品の特徴の一つでもある
「ジュヴナイル」風のテイストで、
爽快な冒険活劇となっています。

本作品の味わいどころ①
主人公・風間辰之助の
颯爽とした役者ぶり

まさに今が旬の
男盛りの二枚目俳優・風間辰之助。
彼のハンサムぶりが、
紳士強盗・幽霊騎手
そのものだったために、
芝居は大ヒットするのです。
それが一転、殺人事件に巻き込まれます。
それでいてなぜか落ち込むことなく
生き生きとしています。
まさに「役者」なのです。

黒岩夫人(弓枝)からの電話の指示は、
「その(幽霊騎手の)扮装のまま
すぐ来て欲しい」という奇妙なもの。
絶対何かが起こるという
読み手の予想を裏切らず、
風間は殺人事件の犯人・幽霊騎手を
見事に演じます。
そして巻き込まれるどころか、
自ら積極的に事件に関わり、
事件を解決していくのです。
この主人公の役者ぶりが、
本作品の第一の味わいどころです。

本作品の味わいどころ②
相棒・音丸新平、
好敵手・南条三郎の存在感

風間の一座の三枚目役に
過ぎないはずですが、
いたる場面で絶好のタイミングで
風間の危機を救う音丸。
不思議なキャラクターですが、
その役割は終末で明かされます。
そして幽霊騎手の謎を追う
新聞記者・南条。
風間の周囲を嗅ぎ回っているのですが、
こちらも事件に首を突っ込み、
風間とともに解決していきます。

単なる俳優仲間ではなく、
風間と深い信頼関係を築いている音丸。
そして風間とともに
事件を解決に導きながらも、
決して馴れ合わずにライバルとしての
位置付けを崩さない南条。
この二人の存在感が、
本作品の第二の味わいどころです。

本作品の味わいどころ③
次から次へと登場するアトラクション

幽霊騎手姿での脱出劇あり、
眠り薬や毒矢での
命が危険にさらされる場面あり、
死んだと思わせての身代わり術あり、
変装の応酬あり、
秘密の抜け道あり、
大金塊のお宝探しあり、
水攻めでの危機一髪あり、
後の乱歩の少年探偵団を
読んでいるような錯覚を覚えます。
このエンターテインメントに徹した
アトラクションの連続こそ、
本作品の第三の味わいどころです。

巻末の解説にも書かれてあるのですが、
この三人のストーリーは、
シリーズものになっていれば
もっと面白くなっていたはずです。
そうなるべき要素の多々ある作品です。
しかしその後、横溝は大患により
療養に専念することになります。
復帰した横溝の文学世界は
耽美的要素を
より強く有することになり、
本作品の世界観は
それとは相容れないものと
なってしまったのです。

(2020.5.17)

Anatoliy MorozzによるPixabayからの画像

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